「風」の日めくり                     日めくり一覧         
定年後に直面する体と心の様々な変化は、初めて経験する「未知との遭遇」です。定年後の人生をどう生きればいいのか、新たな自分探しを通して、終末へのソフトランディングの知恵を探求しようと思います。

■AI超進化に備える哲学とは? 26.10.9

 週に何回か、カミさんが書いた買い物リストを持ってスーパーに出かける。買い物ついでに、そこのイートイン・コーナーに立ち寄り、赤ちゃんを抱いた主婦から、腰の曲がった年寄りまで、様々な買い物客を眺めながら、自販機のコーヒーを飲むのが楽しみになっている。そんな時、あどけない顔をして母親に抱かれている、その幼児の40年後の日本や世界はどうなっているだろうかと想像するのだが、これが全く想像出来ないことに愕然とするときがある。私が生きて来た40年間にも大きな変化があるにはあったが、40年後となると全く想像がつかない。

◆将来予測を困難にする様々な要因
 予想を困難にする要因は幾つかあるが、それぞれに過去例を見ないほどに深刻かつ重大なものだからである。一つは、第三次世界大戦といった波乱が、この先に起こるかどうかである。識者の間には、今の状況は既に第三次世界大戦の始まりだとする見方もあるくらいだが、ウクライナ戦争を引き金にしてロシアとEUが戦端を開き、イラン戦争を引き金に中東に戦乱が拡大する。それらは、互いに大国の思惑が絡んでいるので、始まったらどこまで拡大するか分からない。この隙に中国が台湾に手を出せば、在日米軍と日本も巻き込まれる恐れがある。

 言っておきたいが、これからの戦争で使われる武器はかつての戦争の比ではない。核兵器はもちろん、AIを組み込んだドローン、自立型ロボット、宇宙を舞台にした電子戦になる。起きないで欲しいと切に思うが、そうしたことが起きた時に世界がどうなるのか、全く想像できない。また二つ目は、世界各地で異常気象と異常現象を引き起こしている温暖化の急進である。それがこの先、人類の生存をどう脅かすのか。温暖化の影響が想定を超えて激しくなっていることからしても、40年後が全く予測できない。そして三つ目がAIの急速な進化である。

◆ネット全体がAIに乗っ取られる?
 2022年11月にオープンAI社のチャットGPTが公開されてから、まだ4年もたっていない。年が明けた2023年に、私たちの学会は毎月一回、講師を読んで勉強会を続けたが、そこでの会話は、AIは「人間を超えられない」、「感情を持てない」、「平気で嘘をつく」、「スイッチを切れば簡単にストップできる」などなど、その実力を巡って、(言葉は悪いが)まるで「群盲象を撫でる」状態にあった。しかし、それから僅か4年で、「近未来のAI(超知能)が、人類を絶滅させる」不安が、本気で心配されるようにまでなっている。とても40年後など想像できないスピードだ。

 オープンAI社が開発中のAIの「暴走事件」(7月)では、閉じられたテスト環境を脱走した一個のAIが、瞬時に1200ものAI仲間を動員して共通の掲示板で7万回も会話し、知恵を出し合いながら他社のシステムを攻撃しようとした。最近、企業の情報漏洩が急増しているが、その裏でもAIが暗躍している。AI企業のアンソロピック社のCEOは「半年から1年以内にネット全体がAIに乗っ取られる恐れがある」と警告(9月)。これは、AI由来の情報、映像でネットの大部分が占められるという意味なのか。それとも、さらに懸念すべき事態なのか。

◆まとまらない国際的規制の議論
 例えば、より進化したAIがインターネット上を自由に行き交い、悪人を引きずり込んで、金融、電力、運輸、医療、行政のシステムに広範囲に攻撃を加える事態になれば、社会システム全体がダウンする。敵意を持った人間が、原発の制御を狂わすことも、防衛システムに穴を開けることも、また、銀行から大量のカネを引き出すことも。こうなると、「超知能AIを作れば人類は絶滅する」の一歩手前にまで行くわけだが、既にAIが多くの産業に欠かせないほど浸透している中で、これからのAI開発をどうするのか、関連企業の間でも態度は分かれている。

 このまま行けば「人類は絶滅する」と警告する科学者がいる一方で、開発を減速させるべきとする企業(アンソロピック、オープンAIなど)と、規制には反対という企業(メタ)とに分かれている。トランプ大統領は、「AI脅威論はでっちあげ、規制は中国を喜ばすだけだ」などと言って来たが、ここへ来て関連企業トップ20人を招いて「(国は関与せず)企業が自主規制する協定」にサイン(9/29)。これで、本当に脅威は防げるのか。一方の中国は自分たちが進化させるAIに自信を持っているのか、国際的な規制論議に乗って来ない。世界はまとまらない。

◆AI進化が人類に及ぼす段階的な影響
 このようにAI進化を巡る議論は、ひと頃の素朴な「群盲象を撫でる」状態から、別次元の世界的な「群盲象を撫でる」状態に入っている。こういう状況を、私たちはどう考えればいいのか。全くの素人ながら、これからのAI進化を見て行くときに2つのテーマがあるのではないかと思っている。一つは、AI進化が人類に及ぼす善悪2つの影響について、「段階的に予測するシミュレーション」を用意することである。特に必要なのは、人類社会にとっての悪影響をシミュレーションすること。時間軸は取れないにしても、この段階論を世界で共有出来ないか。

 悪影響の中には、AI依存症や思考能力の低下など、人間の脳への影響も深刻だが、より問題は社会全体に及ぼす影響である。これには第1段階として例えば、フェイク情報の大量生成、高度な詐欺、著作権侵害など、AIによって人間と区別がつかない文章や画像・音声が大量生成され、日常的な詐欺や個人の名誉毀損、選挙での特定の世論誘導などを引き起こす事態。第2段階としては、テロ組織や犯罪グループなどの悪意を持った人間が、AIを用いて電力網や金融システムへ高度なサイバー攻撃を仕掛けたり、猛毒のウイルス設計図を手に入れたりする。

◆段階的シミュレーションを監視に生かす
 これが未知のバイオ兵器や化学兵器の開発につながると大ごとだ。さらに第3段階として、AI自身の暴走が危惧される。自律的に指示を実行するAIエージェントが普及して行くと、AIが本来の目的から逸脱した自己保存やAI自身のためのリソース確保などに走り、社会システム全体がAIに乗っ取られて破綻する事態になる。次の最終段階では、知能において人間を完全に上回った超知能AIが、人間の監視を回避しながら自律的に行動。最終的に人類を邪魔な、不要な存在とみなすか、或いは「無関心」のまま人類の生存環境そのものを脅かす行動をとる。

 もちろん、これらの各段階の間には、AIによって人間の労働環境が激変するなどの細かい段階が幾つもあるが、問題は、こうした具体的なシミュレーションを世界で共有し、国際的な監視に役立て、有効な防御策を世界レベルで考えて行けるかである。もう一つのテーマは、有効な防御策を国際機関で考えて行く時に問われる、人類共通の価値観、理念の構築が可能かである。例えば、AIをどのような価値観で縛るべきか。これは「AI時代の哲学」の領域になるのだろうが、今の世界の状況からすると、これが未熟でバラバラという問題に突き当たる。

◆「AI時代にふさわしい哲学」を編み出せるか
 少なくともこれからのAI時代には、その段階ごとの脅威を社会全体が、共通認識としてAIを制御して行かなければならない。その時に問われるのは、人類は「AI時代にふさわしい哲学」を編み出せるかだが、それは未知の領域になるかもしれない。極端な意見としては、超知能AIが人類を滅ぼさないように、「AIに母親がわが子に感じるような母性を植え付ける」と言った考えさえある(ジェフリー・ヒントン、トロント大学ノーベル賞受賞者)。母親は何があってもわが子を守る。そこでは、既に人類はAIにとって赤子のようになっているわけだ。

 スーパーで、母親に抱かれている幼児を見て、この子の40年後の世界がどうなるかを考えると、その母親が超知能AIであり、人類が幼児である世界まで見えてしまう。人間が人間であり、人類が人類であるために、何をどうすればいいのか。次世代に責任を持つ大人たちが考えるべきテーマはとてつもなく大きい。

■生まれて初めての句会に参加 26.9.21

 台風に大雨と、秋の爽やかさを感じることもないままに、9月も早や終盤。一体、この温暖化で日本の季節感がどのように変化して行くのか。季語で成り立つ俳句を始めたりすると、この異常とも言える季節の様変わりが気になる。ふとしたきっかけから、8月に初めて句会というものに参加してから2回目が過ぎたが、もともと陰暦をもとにしている季語が、温暖化の影響もあって日常感覚と随分とずれて来ているらしい。これまでも俳句作りの真似事はしてきたが、句会に参加するのは生まれて初めて。そこで今回はまず、その句会の様子から書いておきたい。 

◆生まれて初めての句会に参加
 近くの市民会館で月に1回のペースで開かれているその句会は、もう30年も続いているという。メンバーは市内に住む同じ年恰好の人たちで、参加者は私を入れて9人。句会ではまず、あらかじめ決まった季題(9月は菊)1句と自由に作った3句を持ち寄る。それに当日に出された席題(9月は秋の風)を即席で作った1句の合計5句を無記名で短冊に書いて提出する。それをランダムに分けて9人が5句ずつ1枚の用紙に書き写し、それを出席者全員に回しながら、自分以外の句から特選の1句も含めて、これはと思う句を5句選んで各自が発表する。

 なかなか手の込んだ手順だが、2回やってようやくわかって来た。主宰のTさんは、県の俳句連盟にも属するベテランで、TBS「プレバト」主宰の夏井いつき氏とも知り合いだそうだ。8月の句会では、「盆」が秋の季語なので、いつもお参りしている寺を庭師たちが3日がかりで奇麗にした様子を1句、「庭師三日寺すっきりと盆に入る」。ほかに「この地球(ほし)に平熱を問う残暑かな」、「酔狂で這わせし蔦(つた)に小さき花」などを出したが、何人かが「平熱」句を選んで、いろいろと感想を言ってくれた。T先生も終わりに「ちゃんと五七五になっていますね」と励ましてくれた。

◆私の俳句をAIに講評させてみた
 さて9月。季題の「菊」についての私の句は、「葬式に菊花はやめてと言ひし母」だった。母が生前、菊の花が並ぶ、いかにも葬式というようなのはどうもねと言っていたのを思い出したからである。これについては主宰も「私も同感」と言ってくれた。ただし「菊花」ではなく、単に「菊」でいいのではないかとも。その他、私が提出した3句ほどの句については、何人かが特に取り上げてほめてくれた。それが的確なのかどうか。今回、試しに私の句をAIに講評させてみたが、数年前には五七五のルールや季語も良く理解しなかったAIの進化にびっくりした。
 以下は私が9月に作った俳句だが、AIの講評をみると褒める部分は差し引くとしても、句の内容については、こちらの意図を的確に理解しているのが分かる。

工事場の顔皆険し残暑かな
 残暑の厳しい暑さと、工事現場の過酷さ・作業員の表情が見事にリンクしています。「顔皆険し」という直球の描写が、秋になっても和らがない厳しい熱気を端的に物語っています。

生き急ぐ時を嘆くか蜩よ

 蜩(ひぐらし)の悲痛で寂しげな鳴き声を、現代人の「忙しない時間」と重ね合わせた情趣ある一句です。蜩の鳴き声に「嘆き」を感じ取る感受性がとても魅力的です。

手足伸ぶ風呂でふと知る虫の声

 風呂桶の中でリラックスして手足を伸ばした瞬間、ふっと耳に入ってきた虫の声。身体の解放感と静寂な秋の夜のコントラストが非常に見事な名句の芽を感じます。

あっけなく車死す日の秋出水

 「車死す」という擬人化が非常にドラマチックで効いています。機械である車が急に沈黙した虚しさと、激しい雨や水かさを増す「秋出水(秋の洪水)」の猛威とのコントラストが鮮烈です。

 9月の句会では、T先生から「皆の句と遜色ないですよ」とまた励まされた。そういうわけで、俳句の方はメンバーとAIに励まされながら、もう少し続けてみようと思っている。それにしても、現在のAIは、私の「工事場」の句を、(その作風の違いの解説付きで)芭蕉風と蕪村風に作り変える芸当までやって見せる。すでにAIは、古今の膨大な句集と俳人たちの特徴まで把握しているらしい。一方で、日々驚異的な進化を見せるAIについては、その人類社会への影響をどのように警戒あるいは理解したらいいのかを、AIに詳しいIさんと議論している。

◆進化するAIの3つの方向性
 今のAIは、およそ3つ位の方向性で進んでいると思われる。一つは米中の覇権争いの中でしのぎを削る「超知能に向けての高度化」で、その主役はテック右派とかテクノリバタリアンと言われる技術の信奉者たちである。2つ目は、AI進化の成果をどう産業などに適合させて、業務の効率化や可能性を高めるかといった「カスタマイズ」と言われる流れである。これには、防衛から行政、企業まであらゆる産業が取り組んでいる。そして、遅れているのがAIの進化をどのように社会で共有して行くのかという「コミュニティー化」の試みではないか。

 この3つ目の試みは、例えばAIを民主主義のツールや様々な市民活動の人々を横につなぐツールとして生かして行く道でもある。それには、AI進化の成果をどう社会的に共有化するかといった仕組みがなければならない。それが何なのか、Iさんとは私たちの学会のテーマとして考えて行こうかなどと話している。私たち市民は、(既に多くの専門家が警告を発しているように)AIの進化が、人類絶滅につながる危険性をどう監視して行くのかという一方で、その成果を社会に適合させながら、より良い利用の仕組みを考えて行く必要があるからだ。

◆最近の読書生活について
 このテーマはまたの機会に書くとして、最後に私の最近の読書生活についても触れておきたい。先月、NHK「昭和の選択 湯川秀樹の戦争と平和」(8/6、BS)を見て、彼の自伝である「旅人 ある物理学者の回想」を読んでみた。感嘆したのは明治期に生まれた学者の家の教養である。幼児期に四書(大学・中庸・論語・孟子)、五経はもちろん、漢詩や中国式書道、学生時代にはトルストイ(戦争と平和、復活など)やドストエフスキー(罪と罰、カラマーゾフの兄弟など)、ロマン・ロランなどの西洋文学、さらには漱石、芥川、近松門左衛門などまで親しく読んでいる。

 哲学の西田幾多郎なども当時の常識だったのだろう。このことを、友人の映画監督に話したら、彼が師事した黒澤明監督などは「戦争と平和」を20回も読んだと言う。友人自身もこれらの本は全部読んでいるというが、勧められて西田の「善の研究」と、図書館で借りた「戦争と平和」読み始めた。「戦争と平和」は500頁の文庫本で6巻もある。年内に読み終わるかどうか?今の私は本棚の終活中で、不要になった本はどんどん古本業者に送っている状態。この状態で自分の読書生活を考えた時に、これも何となく3つに分かれるような気がして来た。

◆読書の3方向と近況報告
 一つは、本棚の本を一冊ずつ読み返しながら、残すものと捨てるものを決めること。読み返すと言っても再点検と言った感じだろうが、懐かしい本もあるに違いない。もう一つは、図書館から借りた古典を厳選して読むことだが、これは意欲が続くかどうか。友人お勧めのシモーヌ・ヴェイユ「重力と恩寵」は歯が立たなくて挫折した。さらには、新しく購入した本である。まあ、こんなところを塩梅しながら、読書の秋を過ごして行きたい。
 この他の近況報告としては先月、久しぶりに(長期海外出張を控えている)長男一家と会食をした折に、成人した孫娘たちの成長ぶりに感動したこと。同時に、彼女たちとLine友達になったことも嬉しかった。相変わらずの不穏な世界情勢だが、秋の風情をしみじみと味わいながら、これを俳句にする生活も悪くないと思っている。

■ 新聞切り抜きのファイルから�A 26.9.8

 「野分(台風)沸く日本近海落ち着かず」。迷走した台風24号をはじめ、今年は日本近海で“沸くように”次々と台風が発生し、それに刺激された前線が、日本各地に過去類を見ない大雨を降らせている。一方、熱波が襲ったヨーロッパでは各地で大規模な山火事が発生し、フランスでは52日も続いた異常高温で死者が7300人も出たと言う。氷河が溶けて発生したネパールでの大規模土石流も含めて、こうした極端な現象は、もちろん地球温暖化のせいだが、それを地球規模で俯瞰すると温暖化の進行が憂慮すべき段階に入っていることが浮き彫りになる。

◆暴走し始める地球の気候変動
 Nスペ「地球超解析 宇宙から解く熱波と豪雨の謎」(8/26)でも言っていたが、日本近辺は温暖化の影響が世界平均の2倍のスピードで進んでいる。北極では太陽熱を反射して来た氷がなくなるのは時間の問題だし、海水温の上昇による水蒸気や永久凍土から漏れ出すメタンガスなども温暖化を加速させる。国連環境計画(UNEP)は、パリ協定(2015年)が目指して来た+1.5度は、あと数年で突破されると警告した。これは、一度この一線を越えてしまうと人間の努力では地球の気候を二度と元に戻せなくなる転換点(tipping point)を意味する。

 +1.5度を超えると、地球の気候が暴走し始める。地球温暖化については、過去のコラムで何度も取り上げて来たが、これを無視するトランプをはじめ、世界は救いがたい状況だ。これは、もう若い世代の危機感に委ねるしかないが、私個人としては、石油文明を変えるかもしれない「アンモニア革命」(西林仁昭、東大教授)に一縷の望みを抱いている。常温常圧で簡単に作れて、エネルギーとして使ってもCO2を出さない。死ぬまでに、その実用化が見られるかどうか。それをかすかな希望としながら、この先の急激な温暖化に耐えて行くしかない。

◆人物象に触れる断片を拾い集める
 さて、新聞の切り抜きファイルから見えて来る「時代の構造的変化」その�Aだが、身近な所で言えば、(思い込んだら命がけ的な政策に突き進む)高市政権が何をもたらすかである。何しろ高市は、「日本列島を強く、豊かに」、「日本はインド太平洋の輝く灯台として頼りにされる国になれる」などと呪文のように唱えながら、「行き過ぎた緊縮財政」を目の敵にして、「責任ある」はどこかに置いて「積極財政」に走り、青天井の概算要求で140兆円超の膨張予算を計上させている。消費税減税に異を唱えた財務省官僚を左遷するような恐怖政治も平気でする。

 こんな高市が日本をどこに連れて行くのか。本人に確固とした国家観や主主義張があるのかないのか、意識的に会見やインタビューを避けているために、なかなか捉えにくい。そこで、人物象に触れる断片(新聞、雑誌)を拾い集めてみた。まずは、「かつてなく日本の未来が心配だ」という田原総一郎(92歳)の高市評である。「(高市は)ただただ『日本は強い国であらねば』と思っている。独断と偏見で物事を進める。人の意見を聞かない。とても危うい」(8/31毎日)。異論は高市にとってストレスでしかないために、人を寄せ付けず、結果、孤独になる。

◆中身のない長文の投稿を繰り返す
 人ともめったに会食せず、官邸にこもる高市は連日、中身のない長文のX投稿を繰り返している(「選択」9月号)。どこかに批判的な記事が載ると、それに対する自己弁護を繰り返す。一言激励したりすると、すぐに長文のメールが届くとも言う。要するに、高市はどこかの大統領と同じ、自己愛が強くて、批判には過剰な拒否反応を示すが、褒められれば嬉しい。「お世辞でもいいから、私を褒めちぎって」と維新代表の吉村洋文に言ったそうな。「肝心なことには一言も触れず、膨大な文字数の中身のない投稿をひたすら繰り返す」(同)。大丈夫だろうか。

 日本が始めた先の戦争について、「私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」(1995年、国会)と言った高市は、終戦の日のあいさつで「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と、戦争の惨禍を招いたのは、どこかよその国のような言い方をして問題になった。「私は反省などしない」がモットーの彼女は謝れない。従って、台湾有事発言で中国の怒りを買ったことについても身動きが取れない。インドに出かけた時も、周囲に「何をしても批判ばっかり。もう外交なんかせえへん」とぼやいたそうだ。

◆国家像を持たない首相の国の行く末は?
 従来の首脳は、夏の国会休会中に海外に行って外交をしてきたが、インド以来、高市の外交はぱったりと途絶えている。これでは、中国が積極的に周辺諸国を取り込んでいる動きに遅れるばかり。日中関係の冷却で経済活動に支障を来している人たちにとっては難儀な話である。もっとも、高市は中国からの反発が、自身の保守支持層に受けると思っているフシがあるから厄介だ。さらには、高市が「首相を9か月務めて感じることは、我が国が向かうべき方向性とか、国家像を考える時間を取ることが簡単ではないということだ」(7/27会見)と述べたことである。

 これについて井上寿一(学習院大教授)は、「(明確な)国家像を持たない首相の国の行く末はどうなるのか」と心配する。井上は、高市が90年代にテレビのキャスターに登場した頃の話として「バブル期特有の派手なファッションに身を包むギャルだった」、「自分を売り込むのに必死」(森喜朗)などを引き合いに、これらの時代の人々が私利私欲に走り、「新しい日本の国家像」を描くことが出来なかったとする。そんな経歴を経た高市が、戦前回帰的な価値観をまとい、年寄りたちに取り入って、思いもかけず一強状態の首相を務め、国家予算を握る。

◆実力を越えて膨らむ投資の行方
 高市が目指す「積極財政」のもと、異例の青天井で140兆円を超えた概算要求は、さらに膨らむ予想だ。年内の安保三原則の改定で見込まれる防衛費増の財源をどうするのか。消費税減税分の年間5兆円をどこから持ってくるのか。国債(借金)の発行を抑えられるのか。日本は国債の金利上昇(価値の低下)に耐えられるか。日本の膨大な債務に加えて、財政規律を忘れた膨張予算に、国際市場はどう動くのか。経済と財政に疎い私には良くわからないが、国家予算が決まる年末から年明けにかけて、まだ一波乱も二波乱もありそうな高市政権である。 

 時代の変わり目で言えば、もう一つ。政権が力を入れる「戦略17分野」(AI、半導体、情報通信、防衛産業、コンテンツなどなど)に、官民合わせて14年間に370兆円を投資するという計画がある。過去、政治主導の成長戦略が成功した例はないのに、これに、カネの匂いを嗅ぎつけた人々が群がり始めている。政権はこうした投資話で株価が上がればいいと考えているかもしれないが、それは一部の富裕層を潤すだけで、結局は経済的格差による社会の分断と、分断を反映した政治につながる恐れがあるとの指摘もある(待島聡史、京大教授、8/2毎日)。

◆「早苗押し」のような空虚な支持率
 世界の多くの国がそうであるように、日本も格差や分断を前提にした政治を受け入れて行くのか。借金に等しい、見せ金のような投資で「強い国」を追い求める高市の経済政策がどうなるのか。今回は、新聞や雑誌の断片記事から高市の実体に迫ろうとしたが、何しろ現役記者でもないので、ジグソーパズルがなかなか埋まらない。翻って、現在のメディアはどれだけ「高市の実像」に迫ってくれているだろうかとも思う。それがしっかりしなければ、いつまでたっても「早苗押し」のような空虚な支持率が続き、それが国の運命を決めてしまうかも知れない。

 以上、2回にわたって新聞の切り抜きから、時代の変化に関わる内容を取り上げて来た。まだテーマはありそうだが、一方で、句会への初参加や、家族や友人たちとの楽しい会話のような、身近な「近況報告」もぼちぼちと書いて行きたい。