日々のコラム <コラム一覧>

一人の市民として、時代に向き合いながらより良く生きていくために、考えるべきテーマを日々取り上げて行きます。

アメリカは自滅に向かうのか 25.4.17

 連日、目まぐるしく変わる関税政策で世界を振り回しているトランプ政権だが、その内政においても、過激な政策を次々と打ち出している。その最たるものが、イーロン・マスクが主導する政府効率化省(DOGE)による政府研究機関や大学に対する大胆な予算や人員の削減と補助金のカットである。表向きには政府の膨大な財政赤字の削減のためだが、これによってアメリカの国力に深刻な影響が出ることも懸念されている。それがどのくらい深刻なのか。今回は、トランプの内政の中でも、特に科学技術への攻撃がもたらすものに焦点を当ててみたい。

◆相次ぐ、科学技術部門への攻撃
 イーロン・マスクによる科学技術に対する攻撃は、日本の常識からは想像できないほど過激なものである。例えば、NASA(米航空宇宙局)では、2026年度の予算が47%カット(75億ドルから39億ドルへ)されようとしており、これによって宇宙探査の様々なミッションが中止または延期に直面している。新たな宇宙望遠鏡の打ち上げ、金星の大気と地表の探査計画、火星サンプルリターン計画などである。さらに、NASA最大の科学拠点であるゴダード宇宙飛行センターの閉鎖も検討されていて、約1万人の雇用が失われるかもしれないという。

 NOAA(米海洋大気庁)の大気研究部門の予算も65%削減されるという。これによって気候、天候、海洋研究の主要プログラムが廃止され、気候研究センターのほとんどの部署が閉鎖される。また、予算が3.24億ドル削減される国家海洋漁業局(NMFS)も他部局(魚類野生生物局)への統合を余儀なくされている。コロナ対策で目の敵にされたNIH(国立衛生局)とCDC(疾病対策センター)など13の保健機関では、計2万人の人員削減が進行中だ。これによって、感染症対策の研究の遅れや、危機対応能力の低下を招くことが心配されている。

◆声をあげる科学技術者、研究者たち
 こうした動きに対して研究者の間には動揺が広がっている。今年3月、科学誌「ネイチャー」が実施した読者アンケート調査によれば米国内で研究する科学者(回答者1600人)のうち、75%(1200人)が現在の研究環境の不安から外国への移住を考えているという。この傾向は、大学院生や博士課程の学生など、特に若い研究者の間に広がっているが、一方で、カナダやフランスではそうした研究者の受け入れに力を入れ始めており、日本でも同様の議論が始まっている。一連の動きは国際的な科学研究の枠組みにも影響を与えることになりそうだ。

 トランプ政権の乱暴な科学政策に対して、科学者や研究者、学生たちも抗議の声を上げ始めた。3月7日には、NY、ボストン、シカゴなど、全米の主要都市で抗議デモが行われ、4月初旬には、全米科学アカデミー、工学アカデミー、医学アカデミーの会員約1,900名による公開書簡が発表された。書簡では、トランプ政権による科学研究に対する攻撃と脅迫を列挙しながら、それが科学者を委縮させ、ひいては、アメリカの優位性を失わせ、他国が科学事業をリードすることになると指摘。そのダメ―ジの回復には何十年もかかると警告している。

◆トランプ政権の反・科学技術研究とその理由
 この書簡には、2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎(プリンストン大学)を始めとして、著名なノーベル生理・医学賞、化学賞、物理学賞などの受賞者たち8人も名を連ね、米科学界からの「SOS」を発している。トランプ政権による攻撃は、大学にも及んでいる。その幾つかは民主党政権時代に進められたリベラルな教育(DEI=多様性、公平性、包括性)への敵視、あるいは反イスラエル的傾向に対する攻撃である。これによりプリンストン大学(気候研究)、ハーバード大学、コロンビア大学、ペンシルベニア大学などの補助金が停止された。

 こうなるとある意味、どこかの強権的な国と同様に、アメリカでも思想信条の自由がなくなるのかと事態の急展開に理解が追いつかない感じだが、トランプ政権の過激な反・科学技術政策の背景には何があるのだろうか。その幾つかを項目的に上げてみたい。一つは、「小さな政府」、「市場重視」、「投資対効果」を重視する彼らには、科学技術機関やNASAやNIH、EPA(環境庁)などの研究部門は成果が見えにくく、それらを肥大化した官僚主義の温床と見なすからである。「民間の競争環境でこそ革新が生まれる」とイーロン・マスクは主張する。

◆思想的、価値観の違いによる研究への圧迫
 「政府の研究は遅く、膨れ上がっており、緊急性に欠ける。革新は官僚からではなく、俊敏なスタートアップから生まれる」(イーロン・マスク)という考え方からすると、国家による科学支援はむしろ「市場の邪魔」なのである。もう一つは、「気候変動は中国のでっち上げた神話だ」(トランプ2012年)に始まる地球温暖化に対する懐疑論である。パリ協定から再離脱(1月)したトランプは、協定がアメリカの価値観と合致せず、納税者に負担をかけるとし、州レベルの取り組みにも介入を試みる。従って、関連の研究が冷え込むのが避けられない状況だ。

 さらに厄介なのが、思想的、価値観の違いによる研究への圧迫である。上記の大学がDEIに力を入れていることを理由に助成金が凍結されたり、反イスラエルを理由に撤回されたりしている。大学側は抗議しているが、この動きの影響は政府機関や法律事務所にまで及んでいる。また、DEI以外にも、女性や性的少数者の権利の教育を理由に資金停止もしている。過度の進歩的思想が反米的だというのである。人種差別、性差別、LGBTQ+の権利などなど、社会的不正義や差別に敏感な文化(Woke)や思想を、アメリカ的でないとするのがトランプ流なのだ。

◆国の削減が科学技術の研究に向かう時
 一方、こうした思想的背景と同時に、過激な削減計画の理由とされているのが、国家財政の立て直しである。アメリカが抱える国の借金は34兆ドル(およそ5000兆円、日本は1200兆円)という膨大なものだ。対GDPでは日本の方が大きいが、国債の外国投資家の保有率は33%で日本(14%)より脆弱とも言える。これを変えて借金を減らすには、歳出を大胆に減らすというわけで、イーロン・マスクは当初、政府機関を4分の1に減らして年間5000億ドル(72兆円)も削減すると豪語していた。この極端な削減計画は、アメリカに何をもたらすのか。

 こうした様々な理由があるにしろ、国の削減が科学技術の研究に向かう時に、今度はどういうことが起こり得るかである。ご承知のように、科学技術は国のハードパワー(軍事技術など)とソフトパワー(経済競争力や国際的影響力)の両面の源泉であり、国家の未来を支える“見えない柱”でもある。そこがやせ細って行くとどうなるか。一つは、技術覇権の喪失。特に、AIや量子コンピュータ、再生エネルギー、宇宙探査などの分野で中国に後れを取ることもあり得る。あるいは、頭脳流出による空洞化である。こうしたことは軍事技術の優位性も脅かす。

◆それは自滅への道かも知れない
 財政再建や反知性的な反感に駆られて、性急に科学技術の研究を削る時、何が起こるかについては、過去にソビエト連邦やイギリスの例がある。日本も失われた30年の間に大学に競争原理を持ち込み、基礎研究が疎かになった。費用対効果が見えにくい、官僚主義の温床だ、ということで短期的には国民の反エリート感情に迎合しようとしても、中長期的には国力を落として行く。国力が落ちれば、国の信用も下落して国債の利率が上がる。そうすると借金がますます増える。こうした負のスパイラルに入る可能性も指摘されている。どうするアメリカ?である。

 国を支える見えない柱である科学技術分野への過激な削減は、一時的にはエリートに反感を持つ国民の喝さいを浴びるかも知れないが、中長期的には国力をそぎ、目指したところとは違う道につながる可能性がある。それは自滅への道かも知れない。日本もよくよく注意して、この動きを見て行く必要があるだろう。

トランプが世界に及ぼす罪 25.4.3

 トランプが大統領に就任して2カ月余り。過激な政策を乱発する中で浮かび上がって来たのは、トランプによる「世界秩序に与える構造的挑発」という特徴である。国内の民主党的なものとして彼が敵視する、既存の政府機関や、それを支える官僚やジャーナリストを排除するといった「秩序崩壊への欲望」が、国内にとどまらず、世界秩序にも向けられているという見方である。それが今後の世界にどういう変化をもたらすのか。今や世界の関心事なのだが、日々目まぐるしく変化するトランプ政策に翻弄されて、容易に予測つかないのが実情である。

 今の世界を眺めていると、今後5年から10年の間に、世界は戦後の80年間にもなかったような、大きな転換期を迎える気がしてくる。その要因の幾つかは、まずAIの急速な進化だ。それが社会を根本的に変えていく。さらには急進する地球温暖化によって、地球が未知の領域入る可能性があること。そしてもう一つが、トランプによって引き起こされる世界の構造的変化である。80歳の私が、こうした変化の行きつく先を見届けることは無理かもしれないが、出来るだけ現象を俯瞰的、構造的に先取りしながら、変化の意味を探ってみたい気がする。

◆人類共通の課題への取り組みが停滞
 アメリカ国内の政治に関してトランプは、政府機関の大胆な削減、移民の排斥、メディアや官僚に対する敵対、多様性の排除などといった攻撃的な政策を乱発している。しかし、内政に対する検証は別の機会に譲るとして、今回は特に、私たちにも深く関係する、トランプ政治が「人類社会に及ぼす負の影響」について考えてみたい。これには、急速な進化を見せているGPT4(AI)にも質問を重ねながら、その答えも参考にした。最近、GPT4は「deep research」という検索機能も付いたので、答えの確実性を確認することが出来るようにもなって来た。

 そのAIがあげて来たトランプ政治の特徴が、「世界秩序に与える構造的挑発」である。その内容を項目的に上げてみる。まずは、人類の共通課題からの撤退である。トランプは就任早々、地球温暖化への取り組み、人権や抑圧、(新たなパンデミックにもつながる)途上国への保健衛生など、人類共通の課題に対して離脱や削減を打ち出した。これは米国による「国際制度の運営責任を負うのは得にならない」という一方的な宣言のようなもので、これによって、従来の国際的協調の枠組みが崩され、人類共通の課題への取り組みが停滞しようとしている。

◆安全保障の空洞化が招く新たな戦争
 次は、国際安全保障への揺さぶりである。トランプは同盟国から搾取されているとあからさまに発言し、NATOからの引き上げや、日本、韓国の軍事費増などをしきりに匂わせる。これは従来の同盟関係を空洞化し、西欧はもちろん、韓国、台湾、日本にも核も含めた軍拡への圧力となっている。トランプはそれによってアメリカ製の武器を買わせて、支配力を強める算段かも知れないが、彼の不規則発言が同盟国間の疑心暗鬼を招き、辛うじて安定している国際秩序に無用の緊張を生じさている。それが地域間の思わぬ衝突に発展する可能性もありそうだ。

 トランプが掲げる力の支配、自国第一のご都合主義といったロジックを、ロシアや中国、インドなどの大国、あるいは強権的な指導者たちが真似し始めたら世界はどうなるか。このいわゆる「大国主義の時代」の到来によって、世界の不確実性が高まり、中小国は大国の都合によって振り回されたり、場合によっては侵略されたりするかも知れない。AIは、中国と台湾、あるいは、ロシアに近いバルト3国、インドとパキスタン、イランとイスラエルなどなどが、新たな火種になって、場合によっては世界規模の戦争に拡大するかも知れないと答えて来た。

◆世界秩序に構造的挑発をもたらす彼の国家観
 4月3日には、トランプによる大規模な関税戦争が始まった。これは、世界各国との報復合戦を生み、WTO(世界貿易機関)を死に体にし、自由貿易というグローバル経済の土台を揺るがす行為である。トランプは自信満々だが、アメリカだって世界同時株安とインフレに巻き込まれていくし、それは前回も書いたようにトランプ支持の白人貧困層をも直撃する筈だ。これほどまでに世界に過激な(負の)影響を及ぼすトランプの国家観、すなわち世界秩序に構造的挑発をもたらす彼の国家観とはどういうものなのだろうか。これもAIに聞いてみた。

 AIがあげたのは、次の3つの特徴である。一つは、国家と言うものを経済的な単位(ビジネスユニット)と見る発想であり、同盟関係をも得か損かといったビジネスの観点から見る。あるいは国際機関についても費用対効果で判断する。貿易についても黒字相手国を敵視し、自国の赤字は相手の不正と見る発想である。二つ目は、移民や外国文化を脅威としてみる。他者に対して不寛容であり、多文化や国際主義に対する排除の論理である。三つ目は、軍事力、経済力などのハードパワーを国家の正当性の根拠とする。「弱い国は尊重に値しない」とする見方だ。

◆トランプとその同調者に共通の国家観
 トランプのこうした国家観は、「相手を脅し、条件を引き出し、従わせる」といったビジネスマンとしての経験にも影響されているが、一方で、中間層没落への危機感、移民流入への不安、エスタブリッシュメント(既成勢力)への不信、世界に利益を奪われたという感覚などもベースになっている。それが「自国第一主義」の根底にあるものだが、こうした国家観が世界に輸出される時、それは「世界秩序に与える構造的挑発」となる。これが、対話と信頼によってなりたってきた戦後の国際秩序の中核を破壊する、トランプの「構造的な挑発」なのである。

 さらに、トランプのこうした国家観は政権中枢に入り込んだイーロン・マスクなどの面々にも通じるところがある。彼らトランプの同調者、ビジネスの成功者たちには、正しいことより勝てることが大事という「エリート不信や秩序破壊への欲望」がある。自分の成功体験を信じる彼らは、自分を「秩序の外から成功した者」と見て、エリート教育や官僚制度を腐敗や堕落とみなす。こうした感覚は、自由主義や多文化主義に対する疲労感、反エリート主義、白人至上主義などと結びついていて、その土台は思いのほか厚く、そして根深いものだとAIは言う。

◆世界秩序破壊の欲望に対抗するには
 長年の鬱積から突如浮上した異常な国家観によって、世界秩序が壊されようとしている今、世界には、それに対抗する手段はあるのだろうか。今や、米国内の民主勢力は、トランプに対抗する強力な「対抗概念」を見つけられず、息をひそめている状態である。AIは、「分断ではなく、ともに栄える」、「破壊ではなく連帯」といった、共生社会への対抗概念を民主党に提案するが、果たして今の民主党に届くだろうか。一方で、世界の対抗策としては、「脱アメリカ」、「脱トランプ」を提案する。例えば、トランプ抜きで進める「気候同盟」の模索である。

 それは、国レベルがだめなら、自治体、都市、企業などの連携で進める(温暖化防止や人権といった)人類的価値への挑戦である。国連や国際機関において、アメリカ不在でも回る国際秩序の再構築が出来るかどうか。あるいは、アメリカの横暴に対抗する中小国家の国際的な連携強化も必要になる。一方で、トランプ流のフェイクやプロパガンダに対抗する国際的なファクトチェックチームを作ることも。各国のファクトチェック団体を連携させて、危険なフェイクやデマゴーグに対抗する。そうした検証のための「文化・制度・技術」が求められると言う。

 国単位で出来なくても、こうした層を重ねて対抗することが可能かどうか。AIはもう一つ、私たちにも出来ることもあると言う。それは、トランプの言葉に惑わされない情報判断であり、選挙時に「国際協調」や「人権」を基準に入れるといった姿勢である。ごくまっとうな提案ではあるが、激動の時代に茫然自失していないで、一人一人がこうした姿勢が取れるかどうかが問わる時でもある。

国の形から見る戦争の行方A 25.3.13

 それにしても、2月28日に勃発したトランプとゼレンスキーの大喧嘩には驚いた。口論のきっかけを作ったバンス副大統領と一緒になって、ウクライナは感謝が足りないなどと何度も面罵したのは、ゼレンスキーがおとなしく地下資源を寄こさないからで、安全保障を条件にしたことが気に入らなかったのだろう。では、アメリカはロシアをどう説得するつもりなのか。今の占領地をロシアに認めるのか。停戦後の安全保障をどうするのか。それを全く示さない中で、一方的に借金の方を返せと迫るとは、大国アメリカの余裕はどこに行ったのだろうか。 

 メディアの前で繰り広げられたこの喧嘩別れの衝撃波は、いま、地球上を巡っている。アメリカがウクライナへの軍事支援を一時的に停止。危機感を抱いたヨーロッパが、ウクライナ支援で結束しようとしているが、これもアメリカの肩代わりは出来そうにない。アメリカからの情報提供が途絶えてウクライナ軍が苦戦する中で、ロシアがここをチャンスとばかりに攻勢を強めている。アメリカが打ち出した対ロシア経済制裁の強化などは、言い訳程度のものだ。この悲惨な戦争が早く終わることを望むが、事態は目まぐるしく動いていて先行きが見えない。

◆トランプの「自国第一主義」は成功するのか
 ウクライナ戦争だけでなく、トランプが掲げる「自国第一主義」は、世界を混乱に陥れている。一つは関税戦争。対カナダ、メキシコ、中国、EU、そして日本に対して次々と関税引き上げを仕掛ける。そのたびに、世界は批判と報復の応酬を繰り返す。トランプは、関税を引き上げることで国内産業を守り、貿易赤字を減らし、海外からの投資を呼び込むと言うが、それ以上に露わになっているのは、アメリカ不信と株価下落などの悪影響である。この性急な「自国第一主義」は、果たしてトランプの思惑通りに運ぶのか。世界をどう変えようとしているのか。

 トランプ就任以降、アメリカが国連機関、国際的な協定や支援から脱退を表明したものは、世界保健機関(WHO)、パリ協定(温暖化防止)、米国国際開発庁(USAID)の大幅な援助削減、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)への資金提供の停止、気候変動被害補償基金からの撤退、SDGsなどの国連目標への反対表明など多数に上る。これによって、地球温暖化防止や人権の国際監視、途上国の保健対策(エボラ出血熱ほか)などが影響を受けている。これらは、裏を返せばアメリカに世界秩序維持に貢献する意志も余裕もなくなったことを意味しており、それだけ自国の立て直しに必死と言えるが、これは成功するだろうか。

◆損することを嫌う商売人感覚
 前回取り上げたエマニュエル・トッド(仏、歴史社会学者)は、トランプのこうした保護主義は成功しないだろうと言う(2/26朝日インタビュー)。アメリカには、エネルギーとITの中間にあるべきモノの製造、いわゆる工業がない上に、技術者や熟練工が足りない。国内の産業基盤がやせてしまっているので、関税を高くして国内産業を保護しようとしても手遅れで、立て直しは無理な状態だと言うのだ。一方で、アメリカは必要なものを世界中に頼っており、生産する以上にはるかに多く消費する国なので、貿易赤字が解消される見込みもないと言う。

 結局、関税戦争のとばっちりは、アメリカ国民に跳ね返ってくる方が大きいのではないか。こういうことが分かっているのに、何故トランプは関税戦争に駆り立てられるのか。一つには、「自国第一主義」のトランプ政権が、すべての点で損することを許せないでいるからだろう。アメリカもケチな国になったと思うが、たとえ、同盟国であっても目の前の(金銭的な)関係において、少しでも有利に立ちたいという商売人的な感覚である。それは、国内で「我々は不利益を被っている」と被害者意識に駆られているトランプ支持者へのアピールでもある。

◆トランプ支持者たちを突き動かしているもの
 もう一つ、トランプ陣営と支持者たちを突き動かしている感覚があるとトッドは言う。それは、宗教ゼロ時代に政治色を強めている特殊な宗教的感覚とも言うべきもので、宗教離れでリベラル政策に傾いた民主党とは反対に、共和党が依っている「民族主義的キリスト教」、あるいは「白人キリスト教ナショナリズム」だと言う(TBS「報道1930」3/7)。キリスト教は本来、隣人を愛すること、異なる民族の人々も助け合うこと、を説く一方で、特にプロテスタント(カルヴァン主義)は、神が人間の救済をあらかじめ決めているという「予定説」を強調する。

 これが資本主義の倫理と結びついて、「成功者は神に選ばれた証」とする一方で、「貧しい人は神に見放された存在」とみなし、不平等や差別を正当化する根拠ともなって来た。聖書の誤読に基づく(?)ものらしいが、トランプの岩盤支持層の福音派などでは、これが白人至上主義と結びつき、「真のアメリカ人は白人であり、この国は白人によって築かれたものだ」と主張する民族主義的な「アメリカ・ファースト」になる。これが、やがて人口的に劣勢に立たされる白人の被害者意識と結びついた「宗教の政治化」傾向であり、トランプ支持層になっている。

◆ディールで世界平和は望めるか
 彼らからすると、トランプは我々白人の利益のために戦ってくれる大統領であり、仮に関税戦争で国内的に多少の悪影響が出ても「自分の経済的利益を犠牲にしてでも、敵対する人々を攻撃することを優先する」(アメリカ、宗教学者)というから始末が悪い。トランプ政権と支持者たちの、こうしたメンタリティーでアメリカが動いているとすれば、これはかなり視野狭窄的な、極めて内向きの政策と言える。関税戦争が、世界にもアメリカ国内にもプラスの効果を生み出さないのに、こうした観念で世界中が振り回されているのは不幸と言うしかない。

 もちろん、こうした思い込みも実際にどの程度の犠牲を生むかで変わって来るとは思うが、トランプがそのマイナス面に気づいて「自国第一主義」から国際協調に移行し、国際秩序維持に大国としての責任を果たす姿勢に変わることはあり得るだろうか。それを占う最大の焦点は、一つにはトランプがウクライナ戦争をどのように終わらせるか、終わらせられるかである。あるいは、中東ガザでの悲惨をどう処理するか。一説にはトランプは、これによってノーベル平和賞を狙っているとも言うが、それは彼独特の「ディール(取引)」で成功するだろうか。

◆ただ首をすくめているだけでいいか
 国際機関から脱退し、関税戦争を仕掛けて、敢えて世界からの孤立をも厭わないトランプ政権だが、その状況を虎視眈々と狙っている国がいる。それがロシアと中国。トランプは「自国第一主義」によって国力を取り戻し、ウクライナで中露の間を割いて、最終的には中国と覇権を争うつもりとも言われる。しかし、世界を敵に回す関税戦争では、かえってアメリカの傲慢さが目立ち、この最終目標と矛盾して来るのではないか。嫌なことに、その多極化と混沌の先に待っているのは、力がモノを言う世界だ。今や、UEも中国も軍事費を急増させつつある。

 こうした、大国同士の緊張に満ちた未来を和らげるために、世界はどのようにトランプに対処すればいいのだろうか。一つには、トランプに孤立の代償を思い知らせる意味でも、国際社会が束になって声を上げて行くことが出来るかである。もう一つは、アメリカ衰退の行方をじっと見極めることだとトッドは言う。日本について言えば、アメリカに過度に依存することなく、慎重にみまもり、当面は静かに目立たないようにすべきだと言う。しかし、日本までも標的にし始めたトランプに対して、ただ首をすくめているだけで、嵐は過ぎてくれるだろうか。

 トランプの「自国第一主義」によって世界が激しく揺れる時代。日本は否応なく、その外交力が問われる時に入っているが、今の日本は大丈夫か。少数与党の自民党で内紛まで起きつつある石破政権にその対応力はあるのか。そういう眼で見ると、日本は国の方向性を見失って漂流しているようにも見え、大変に心許ない。

国の形から見る戦争の行方@ 25.2.26

 ロシアがウクライナに侵攻してから丸3年。1月のトランプ大統領の登場によって、この戦争をどのように終わらせるかという動きが目まぐるしくなっている。戦争終結をアメリカの利益に結びつけて、手柄を世界にアピールしたいトランプ。トランプの野望に付け込んで、自分に有利に事を運ぼうと企むプーチン。そして蚊帳の外に置かれて憤慨するEU首脳陣(英、仏、独)。さらには、トランプに邪魔するなと頭を叩かれている当事国ウクライナのゼレンスキー。3年を経過したこの不幸な戦争がどのような決着に向かうのか、まだ先が見えない。

 不幸なのは、こうした各国の思惑が入り乱れる中で、日々死にゆく兵士、市民たちである。仮に2か月後に停戦がまとまるとしたら、その間に捨て石のように死んで行く命をどう考えればいいのか。それは、かつて日本の終戦が遅れた僅か2カ月の間に死んだ30万以上の命の無念にも重なって来る。大国の指導者のエゴや利害に踏みにじられるウクライナ国民の運命。「戦争の勝ち負けを決めるのは正義や善悪ではない」という冷酷な現実がある一方で、それによって無力化される戦後世界の価値観を思うと、この戦争の結末からどうしても目が離せない。

◆無力化される戦後世界の価値観
 「戦後世界の価値観」の無力化とは、ロシアによる国際法違反の数々である。一つは、「他国の領土保全または政治的独立に対する武力の行使または威嚇をしてはならない」とする「武力行使禁止」の国連憲章違反。あるいは「他国の主権を侵害し、武力行使をすることは侵略」だとみなす侵略犯罪。民間人やインフラへの攻撃、拷問や子供の連れ去りといった戦争犯罪を規定したジュネーブ条約違反などである。これらは、ウクライナの東部を同盟国とみなすロシアが、いくら集団的自衛権の行使だと主張しても、国際社会の大半が認めるロシアの犯罪である。

 従って、こうしたロシアの犯罪を不問にして、トランプがプーチンの思惑通りの決着を図れば、アメリカもまた国連を中心とした戦後世界の価値観を無視することになる。他方で、こうした国際法については、それが歴史的に欧米主導で作られたシステムだとして、一方的に世界に押し付けることに対する反感を生んでいることも事実である。例えば、ロシアに対する制裁には、欧米、日本、韓国が賛成する一方で、中国、インド、トルコ、ブラジルやアフリカ諸国など、世界の大半が不参加。却ってロシアとの連携を深めている中国やイランなどもいる。

◆エマニュエル・ドットの「西洋の敗北」から
 こうした「欧米とその他の世界」という分断の中で、戦後世界の価値観が揺らいでいるのは、アメリカの力が衰えて、アメリカ一極支配から世界が多極化に向かっていることも要因にあげられる。こうした状況を引いた眼で分析しながら、ウクライナ戦争の行方を説く社会学者がいる。過去、その国の家族構成や歴史の研究から、ソ連の崩壊などを予言したエマニュエル・トッド(仏、73歳)である。彼が判断の指標とするのは、その国の家族形態や宗教のあり方、あるいは中産階級の盛衰、国の基盤となる製造業の実態など。つまりは「国家の形」である。

 トッドは、去年11月に出版された最新作「西洋の敗北」で、ウクライナ戦争において、ロシアの国家の形(経済、製造業、中間層)は意外にしぶとく、逆にアメリカとそれに従属する西欧の国家の形が衰退に向かっていると指摘している。ある意味、アメリカとその仲間に厳しく、ロシアとその連携国に甘い指摘となっていて、結局、ロシアがこの戦争に負けることはない、その前に西洋の方が破綻するという指摘になっている。戦後の国際的価値観に関しても、自分の足元の危うい現実を直視せずに、自由や民主主義を押し付ける西洋の傲慢さを指摘する。

◆製造業と中流階級を指標にしてみると
 プーチンに踏みにじられるウクライナに肩入れしたい私たちにとっては、何とも受け入れがたい主張ではあるが、その理由を読んでいくと、それが掛値のない現実なのかもしれないという気もしてくる。その理由と言うのが、彼特有のユニークな「国力を測る指標」でもあるので、その幾つかを書いてみたい。その指標の一つは、産業国家として成立するための製造業の実態とそれを支える中流階級の存在で、その点でアメリカとロシアはどうなのか。まず、アメリカだが、1950年代のアメリカは中流階級の労働者が国の大部分を占めていたという。

 しかし今は、富の不平等に加えて富の増大こそが、かつての中流階級を崩壊させたと言う。残るは、上位0.1%に過ぎない少数の超富裕層に、没落しないように必死にしがみついている人口10%の上層の中流階級だけ。国内の頭脳は弁護士や銀行家、第三次産業に流れてエンジニアが減少(学生の7.2%)し、国内製造業は衰退している。モノを作る製造業が衰退し、アメリカは暮らしに必要なものを世界に依存する国になってしまい、その分、根本的に脆弱な帝国になった。生産以上に消費し、貿易赤字が拡大しており、この衰退は回復不可能だと言う。

◆しぶといロシアと、衰退するアメリカ
 一方で、ロシアはソ連崩壊後の悪夢から立ち直り、今やエネルギーだけでなく、食料自給はもちろん、農産物の輸出においても世界で最も主要な輸出国の一つになっている。さらに、国の製造力を測るエンジニアの数ではアメリカを凌いでおり、経済制裁によっても、ロシアは経済の力と適応力を見せていると分析する。政治形態では、ロシアを「選挙はあるが、強力な指導者が国家の方向性を決める」という意味の「権威主義的民主主義」と呼び、これはこれで国民の安定志向に合っているとも言う。ロシアはなかなかしぶとく、手ごわい国なのだと言う。

 中流階級が成長している時は、そこに希望を見いだせるが、貧困化している時は、不安を覚えるものだ。その点でアメリカは、一握りの超富裕層(スーパーリッチ)と僅かな中流階級、そしてその他大勢の国になるが、その実態は乳幼児の死亡率、平均余命、高額な医療費、あるいは麻薬中毒といった点で、悲惨な状況をもたらしている。加えて、その他大勢の貧困層は、分子のようにバラバラに孤立して無力な状況(アトム化)に置かれている。そこから見えて来るのは、自国民の一部を荒廃させて何とも思わないような、一部上流階級の背信行為だと手厳しい。

◆「現実の否定」というニヒリズムの中で
 トッドはこれを「道徳ゼロ状態」と呼ぶが、この荒廃をもたらしているのが、もう一つの指標である宗教の衰退だという。アメリカもイギリスもプロテスタント(新教徒)の国だが、この価値観や道徳が生きている間は、進歩的自由主義や労働者主義によって国民の団結力が保たれていた。しかしこれが、高等教育が進む戦後になると、徐々に宗教離れが進み、(宗教的価値観がまだ残る)宗教ゾンビ状態からゼロ状態になる。そうなると、国は本来の価値観によって統御されない、何でもありの「強いもの勝ちの国」になってしまう。トランプの登場がそれを象徴する。

 現在のアメリカは、そのゼロ状態の中で政治が明確な価値観のないまま、強迫観念の「金」と「権力」につき動かされている。その空虚な観念が、足元の現実を直視せず否定するという「ニヒリズム」を生んでいる。表向きは民主主義だが、実際は少数のエリートや超富裕層が支配する体制。そのニヒリズム的思考は、アメリカの従属下にある西洋の国々をも覆っている。こうした足元の空虚さにも拘わらず、西側の国が自由や民主主義の理念をふりかざして、国際社会を支配しようとする傲慢さをトッドは指摘し、それが「その他の世界」との分断を生んでいると言う。

 トッドはウクライナについても厳しい見方をしているが、トランプの登場で戦争の行方がどう変わるのか、実際のところは今後の動きを見ないと分からない。その一方で、本を読みながら常に念頭にあったのは、では日本の「国の形」はどうなのか、国本来の価値観や道徳はまだ生きているのか。モノづくりは大丈夫か、日本の中間層は痩せていないかである。これらは、次回以降に考えて行きたい。